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東京高等裁判所 昭和31年(う)210号 判決 1956年7月17日

控訴人 被告人 控井[金圭]松

弁護人 原田勇 外一名

検察官 池田浩三

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人原田勇同窪田撤提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

論旨第二について。

原判決挙示の証拠によれば、被告人はその経営する特殊飲食店で売淫婦として働く女が足りないので他の用件で栃木県塩谷郡矢板町の大島末吉方を訪れた際栃木県では日光、鬼怒川など観光、温泉地として著名なものであり、その関係上特殊飲食店の女が多いとの話が出て被告人は浜松市に来て被告人方で働くよう適当な女性を勧誘して貰いたいと大島に依頼し、大島もこれを諒承し、ここに両者の間に公衆衛生及び公衆道徳上有害な業務につかせる目的で労働者を募集することの共謀が成立し、この共謀によつて被告人大島が山口房子、薄井サト子、臼井栄子、大森クミ子、沓掛ヨシ子の五名にそれぞれ原判示勧誘行為に出た事実を認定するに十分である。被告人の意思が売淫婦の募集ではなく単なる女中の募集にあつたとすることはできず、従つて大島が女中の斡旋依頼を売淫婦の募集と早合点したもので意思の連絡を欠き共謀がないとはいえない。被告人が大島に対し雇傭条件、待遇について具体的に打合せをしていないからとて前示の共謀を認定するに支障を来すことはない。而してこの共謀の事実が存する以上共犯者の一員たる大島がその実行行為を担当し、山口房子等に対し被告人方特殊飲食店で働くよう勧誘すれば、被告人が自らその勧誘を為さず、犯罪実行行為をしなくても共同正犯として責任を免れないことはいうまでもない。

なお所論は職業安定法第六十三条第二号の募集とは相手方に売淫を為すべきことの認識を与える要があると主張する。しかし同条同号の募集というのも同法第五条に定義されているとおり労働者を雇用しようとする者が自ら又は他人をして労働者となろうとする者に対し、その被用者となることを勧誘することを云い、従つて同法第六十三条第二号も公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務につかせる目的で労働者の募集を為せば同条同号違反とすべく、被用者となろうとする者の認識の如何を問うものではなく、まして被告人が被用者となろうとする者に売淫を為すべきことの認識を与えることを要するものではない。原判決がこの見解と同趣旨で被用者となろうとする者の認識を問わず原判示所為に職業安定法第六十三条第二号を適用したのは正当である。

それ故原判決には所論のような事実誤認もなければ法律適用の誤があるともいえないから論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

原田弁護人の控訴趣意

第二点原判決は罪となるべき事実の認定を誤りその結果職業安定法第六十三条第二号の適用を誤つたものである。即ち、被害者たる山口房子、薄井サト子、大森クミ子、沓掛ヨシ子等の各証言によつても一人として被告人控井の口から売淫婦たるべきことを勧誘された旨認めた者はいない。蓋し被告人控井は大島に向い茶飲み話の際漠然と「女の子」の斡旋を話したことはあつても具体的に売淫婦としての雇傭条件、待遇、雇傭場所等について打合せをした事実は一度もない。仮りに共同被告人大島が売淫婦募集の意味で被害者、その関係者と話合をしていたとしても、被告人控井は確定的にそうした意味のもとに大島に依頼した訳でないから、被告人控井と同大島との間には意思連絡に完全なものがあつたとは云えず、換言すれば両名間の意思に齟齬があつたと云えるのである。つまり、被告人控井は飽くまでも女中としての募集を依頼し且つ交渉を進めていたに反し共同被告人大島は被告人控井の経営内容や、先入観念等からして、女中の斡旋を依頼されたことにより、早合点して独り合点で売淫婦の募集を行つていたものと云える駅である。従つて、この点に於いて、共同被告人大島については売淫婦募集の故意があつたとしても被告人控井に於いてはかかる故意がなかつたのであるから原判決の云う如き「共謀」とは云えず、既にこの点に於いて事実の誤認があると云えるのである。更に本件犯罪の眼目たる「募集」と云う意味は少くとも、売淫婦雇入れについて、女達に向い売淫を為すについての認識を与えなければならない筈である。然るところ本件では一人として、この点の認識を与えて居らず被害者たる女達は「薄々感ずいた」としても、被告人の口からの説明なく、まして、物産販売店の売子乃至は特飲店のお勝手女中と云う意味での説明しか聞いていないのであるから、到底売淫婦の募集がなされたとは云えないのである。仍つてこの点に於いて原審は著しい事実誤認を犯しその結果法令の適用を誤つたものと云い得る次第である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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